地元奈良の風景

奈良の風景 高取城

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高取城イメージ

撮影:M研究員

岡山の備中松山城、岐阜の美濃岩村城に並ぶ日本三大山城の一つ。城は標高583.9mある高取山の頂に築かれ、城内周囲は約3km、郭内周囲は約30kmにも及ぶ。現在は緑に覆われ、石垣を留めるのみの姿ながら、本丸・二の丸跡の立派な石垣からは往時の栄華が感じられる。昭和28(1953)年に国の史跡、平成18(2006)年には日本100名城に認定された。

高取城の始まりは元弘2(1332)年、南朝方に属した高取の豪族・越智氏が築いた、天守や櫓などの一切ない掻揚げ城であったとされている。天正8(1580)年、筒井順慶によって郡山城の詰城として再建されたのち、近世的城郭へと整備・拡張が行われたのは天正13(1585)年のこと。この年、豊臣秀長の家臣であった本多俊政が城主となり、山城式に平城式手法を取り入れた珍しい城が築かれた。城内には大小の天守に27の櫓、33の門を持ち、それらが積み重なる白亜の立体的な美しさは芙蓉の花に喩えられ、「巽高取雪かとみれば 雪でござらぬ土佐の城」とも謳われた。麓から天守台までの高低差は、実に390mと日本三大山城の中でも最も高く、「日本一の山城」と呼ぶにふさわしい規模と高さを誇る。寛永14(1637)年に本多家が絶えてからも、明治4(1871)年に廃藩置県が布かれるまでは14代にわたり、植村家が城主を務めた。紅葉の見頃を迎える11月23日には、火縄銃の実演や時代行列が恒例。

 

高取町観光ガイドより

日本を代表する山城として、下記の三城が「日本三大山城」といわれている。
高取城の比高は390mでもっとも高く、ふもとから本丸までの高さを指している。その差が高ければ高いほど難攻不落と言える。また、その壮大な規模からも、山城として日本一の山城ともいわれ、日本百名城にも選ばれている。

 

高取町観光ガイドより

近鉄吉野線 壺阪山駅を下車して高取城まで徒歩約2時間

詳しいアクセス方法は高取町観光ガイドをご覧ください。

春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪、素敵な景色に出会えます。

高取城イメージ
高取城イメージ
高取城イメージ